狩が大好きな義父さんは独身時代からいつも猟犬を飼っていた。犬種はきまってイングリッシュ・スプリング・スパニエルという耳が長くて中毛の中型犬だ。私達が結婚した時、ベンはもういなくてガスがいた。ガスは活動的でどちらかというとがさつで粗野なタイプ。それに比べてベンは好奇心旺盛で、人の心をつかむのがうまく、犬嫌いの人にも人気があったそうだ。
義父さんと犬の関係は完全にご主人様と忠実な家来の関係だ。ガスは義父さんがいるところでは私や子供達の命令をきかない。ひたすら義父さんをみつめて将軍様の指示を待つ。
狩に連れて行くと義父さんはきまった言葉で犬に指示を出す。「ゲット・イン・ビハインド 」は後ろについて歩け。狩猟中に犬が先に出るとすかさずこれを言う。するとガスは忠実に義父さんの3歩うしろをついて歩く。そして義父さんが獲物を撃つと颯爽と飛び出し、回収作業にあたる。義父さんは「ブリング・イット・ヒア 」と場所を指定し、ガスはひたすら集め回る。そのたびに義父さんは「グッド・ボーイ」といって励ます。ガスは状況がどうであれ銃声に反応して飛び出し、走り回ったが、ベンはいつも義父さんとアウンの呼吸で働いたと言う。ただ優秀だっただけに主人への期待も大きく、義父さんが撃ち損ねると、プイと怒ってしばらく姿をけしてしまったそうだ。
犬達は毎朝、義父さんと一緒に仕事場に出向き、1日中仕事場で過ごした。でもスプリング・スパニエルの特徴だそうで多少放浪癖があり、時々、日中ふらっといなくなる。ガスはたいがい町近辺をうろついていたが、ベンは3日ほど姿をけしたと思ったら、義父さんが当時住んでいた下宿の大家さんと漁船に乗ってホタテ漁にでていたこともあったそうだ。
また犬達は義父さんとオートバイに乗って移動するなどという芸当もした。
「どうしたらそうなるの」と聞くと「根気」と義父さんは短く答える。
私はどうしても動物を甘やかす傾向があり、よく義父さんに注意された。
例えば、夕方、ご飯の頃になるとガスは吼えて催促する。それで私が「あ、可愛そうにお腹がすいているのね 」とすぐ餌をやろうとすると、「催促されて餌をやってはダメだ 」と義父さんがいう。「そうやっていると、毎日、催促する時間が早くなってくるぞ、餌の時間を決めるのは人間だ」と言うのだ。 また、雨が降るとガスは家に入りたがり、開いている入り口のところで哀れな表情でわれわれの注意を歓呼する。しかし義父さんは知らん顔。そしてガスがおずおずと足を一歩踏み入れると、すかさず「アウトサイド! ガス 」と命令する。その一歩を許すと次に犬はソファに座っているぞというのだ。
それでも私は義父さんに内緒で時々ガスが玄関に入るのを許していた。
ところが、ある大雨の日、家人の留守をねらって、ガスはちゃっかり家に入り込み、なんとびしょびしょの体で私たちのベットで昼寝をしたのだ。ぐしゃぐしゃに汚れたベットをみて怒る私に義父さんは笑い転げていった。
「これで分かったかい」
実はニュージーランドにきてすぐ、私も一時犬を飼っていた。当時は日本から着いたばかりで、犬のしつけ方も知らず、野放図に育ててしまい、ある日、その犬が近所のファームの柵をのりこえ、中の羊を追いかけ回したことがある。その時、近所の人が、「今、ファーマーがきて、あなたの犬を撃ち殺しても、あなたは文句がいえないのよ」といわれた。そしてその時、初めて私は動物のしつけの大事さを知ったのだった。
この国では犬をきちっと躾ける。
例えば、飼い主が外に張り出したカフェのテーブルで優雅にアフタヌーンティーを愉しんでいる横で犬が静かに座って待っている光景をみかけるが、これも躾けの賜物だ。義父さんは動物が一生可愛がられ、愛される為には躾けが大事だという。動物を甘やかすことで後々人間に負担がかかってくると、結局は可愛がられなくなってしまうというのだ。これは子供に社会のルールを教えるのと同じだなーと気がついた。
私はいつかまた犬を飼って、私の学校のスクール犬にしたいと思っているのだが、どんな犬種がいいのか、またどうやって義父さんの協力をとりつけて躾し、なおかつ義父さんのではなく私の命令を聞く犬にしたてあげるかなどなど、まだまだ解決すべき問題があるので実行に至っていない。
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