ニュージーランドの犬たち
フィティアンガに来て半月目に犬を飼い始めました。 それは、こちらに来てすぐ6歳になった末息子への誕生日プレゼントでした。 せっかくニュージーランドに来たのだから、ぜひ牧羊犬を飼いたいと思い、羊の売買の仕事をしている友人のジムにたずねました。
ところが彼は、「無理だね」と一言。 あれは普通の犬ではなく、単なる犬の品種でもなく、牧場主がそれぞれ自分で育て、訓練し、殖やしている特別な犬だというのです。
ハンターウェイと呼ばれる犬は吠えて羊を集め、ヘッディングドッグは決して吠えずに、するどいにらみで羊を統率します。 時々、道で仕事中の牧羊犬を見かけますが、その賢い働きぶりにはいつも脱帽です。 3人の馬上の男と7頭くらいの牧羊犬が、数千匹の羊を数キロ先の囲いまで国道を誘導しているのを見たことがあります。
さて、そんな訳で牧羊犬の夢をあきらめた私達に、ジムは新聞のフリー(無料)の欄から、ラブらドールとシェパードの雑種の子犬を見つけてくれました。 まだ生まれて6週間の真っ黒な可愛い牡犬で、末息子はもちろん、私も一目で気に入り、その子を飼うことにしました。
でもジムはなぜか気遣わしげに「犬を飼うのは大変だよ」とか、「犬の調教は自分でできるのか」とか心配そうです。 私はい「犬は日本でもずっと飼ってきたから大丈夫」と自信を持って答えました。
でも、それからしばらくは大変でした。クロ(犬の名)は母親を求めて夜鳴きを始め、その鳴き方のすごい事! そして母親代わりと見た私にはひどく甘え、一時も離れたがりません。 おかげで私はしばらくの間、フィティアンガの町を買い物から学校まで、クロを連れて歩き回らねばなりませんでした。
でもかわいい子犬はどこでも人気です。通る人は皆「まあかわいい」と立ち止まります。 店では「いつでも犬に水を飲ませていいですよ」と水道を貸してくれます。 ある人は運転中の車を止めて「この月令の仔犬の散歩は歩かせすぎないように」と助言してくれました。 まったく犬好きな国民だと私は一人で感心していました。
このフィティアンガの町を見回してみても、確かに犬を飼っている家がたくさんあります。それも、ある人は3頭も4頭も飼っています。鎖につながずに飼っている家も多く、時々犬が一人で散歩をしています。そして、気性も穏やかで、吠えたり喧嘩したりしている姿をほとんど見かけません。車にも乗り慣れていて、長時間トラックの荷台におとなしくのって移動し、主人の買物中はじっと車で待っています。
クロを連れて海岸へ行くと、またまた行儀のよい犬達に出会います。家族連れのバーベキューの横でも、一切食べ物を欲しがらず、一人静かに遊んで待っています。 主人の命令一つで海に飛び込んで数十メートルを泳いで棒を取って来る利口者もいます。 私と子供達は、日本の犬との違いに驚いたり、感心したりしてしまいました。 クロはというと、相変わらず無邪気に跳ね回り、私の買い物中はマーケットの前で大声で鳴きます。
これは少しニュージーランド方式で行儀を仕込まなければいけないぞ、と思い始めていた時でした。一日外出して帰ってきたある日、留守番をしていたクロは、私達を見ると嬉しさ余って跳ね回り、私達にじゃれつき、ついには興奮して今まで見向きもしなかった近くの羊の柵の中に入って羊を追い回し始めたのです。さあ大変!羊は怖がって逃げ回り、クロは面白がって追いまわす。近所の人たちが出てきてみんなで追い回し、やっとクロを捕まえました。皆怖い顔でクロを睨みます。隣の家のジニーに「もしここに羊の飼い主がいたら、クロは撃ち殺されていたかもしれない」と言われました。
ニュージーランドでは、時々犬が羊を追い回し、羊がパニックになって急斜面から落ちたり、柵の針金に首を突っ込んで死ぬ被害があるので、牧場主は自分の土地に入り込むよそ者の犬を撃ち殺してもいいことになっているのだそうです。 私も子供達も真っ青! さあこれからクロを仕込まねばなりません。やっとジムの心配の意味がわかりました。そしてここの犬達の行儀のいい訳も。 聞けば、犬の調教には皆熱心で、人によってはチョークチェーンという引けば首を絞める首輪を使って、小さいときにしっかり教え込むらしいのです。
フィティアンガのこのあたりには、いたるところに馬や牛や羊が飼われていて、ゆったりと草を食べています。それらと、このたくさんの犬達の秩序を守るには、やはり厳しい掟があったのです。
今、クロは6ヶ月になりました。 あれ以来、特訓を重ね「おすわり」と「待て」を習得しました。
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