こんにちは、カース敦子です。
今回は先月、母・マクリーンえり子の家で行われた月例の集まりで話し合ったことについて書きたいと思います。
その日私たちは 「家族、親子、夫婦」 というトピックについて話し合いをしました。 家族とは誰にとっても一番身近な存在で、自分の人生にとても大きな影響を与えるものだと思います。しかしそれと同時に家族が自分に一番近い存在であるからこそ、時に互いに傷つけあう存在にもなりえるのではないでしょうか。
以前、私は自分の親が「青い太陽」に思えた時期がありました。私はそれまで「親の愛」とは「太陽」のように完璧で尽きることなく自分に注がれるものであって欲しいという願望がありました。しかしなにかのきっかけで、親の自分に対する「愛」が「完璧」では無いという事に気づいたとき、私はとても深く傷つき、それはまるで青く光る太陽のようだと感じたのです。
しかし、完璧な人間などこの世にはいません。親であっても自分と同じように必死で与えられた人生を生き、失敗をし、傷つき苦しみながら生きている存在であるという事を認める事ができたとき、私は過去の全てを受け入れ、許すことができました。そして、その時に初めて本当の意味での「親離れ」ができたのではないかと思っています。
私がそもそもキリストの信仰に目覚めたのも、家族の事で悩んでいる頃でした。 ある日、母がピーター牧師の「インナーヒーリング」というCDを貸してくれました。そのCDを聞いた時、私は涙が止まらなくなりました。
ピーター牧師は酒乱の父親が家族に頻繁に暴力をふるう家庭で育ったそうです。ある日父親が花瓶のようなものを母親の頭めがけて投げ、母親が頭から血を流して倒れ泣いているのを見た時、子供だったピーター牧師は、自分は父親を絶対に許さないと心で叫んでいた記憶があるそうです。それはとても深い心の傷であったと思います。長い年月が流れ大人になり、長い間会っていなかった父親と再会をしたピーター牧師は幻を見ます。それはキリストが父親の横に立ち父親の肩に手をおいて「おまえはこの男の悲しみが分かるか?」と言う姿だったそうです。 この言葉でピーター牧師は父親との真の和解を果たします。
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